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Diary

2012年9月

1000キロドライブ

ぴたぱん通信をご覧のみなさまこんにちは。
ぴたぱんメンバーのみなさまにもご無沙汰の一木です。

元気してます。
国内ほっつき歩いています。

おかげさまで、じゃらん等を駆使して宿を見つけるのが上手くなりました。

車の助手席に居座るのも上手くなりました。
わたくしばっちりペーパードライバーです。

長かったガラケーに別れを告げiPhoneちゃんに乗り換えたところ、
通りかかった近くの駅を調べるのも上手くなり、どんどん鉄オタになってきました。
やばいです。秘境駅とか変な駅見つけるとテンション上がります。

さて、2日前は北海道にいましたが、今回はお盆に行った富山の話にします。
富山県に何の所縁もありませんが、楽しかったので参考ルートを紹介します。

まず、名古屋に23時に集合です。
深夜ドライブの変なノリを楽しみましょう。
そのまま岐阜を抜けて長野の諏訪湖から朝日を眺めましょう。

さらに北上すると、長野ルートからの黒部ダムに辿り着きます。
映画「黒部の太陽」を見てから破砕帯を通るとより楽しいと思います。

長野から新潟に向かう大糸線と並走し、乗車数2人/日の小滝駅に寄りましょう。
何もありません。笑

新潟の糸魚川では、地球と触れ合うジオパークをめぐるもよし。
道の駅でたら汁を食べるもよし。

そのまま富山方面に向かい、宇奈月に行くと、黒部峡谷トロッコ列車に乗れます。
峡谷です。山が迫ってきます。

富山には富山ライトレールが走ってます。
成功例と言われる国内初LRTの雰囲気を楽しみましょう。

そのまま金沢方面に向かい、千里浜なぎさドライブウェイを疾走しましょう。
車で走れる砂浜です。オススメ。

あとはてきとーに名古屋に帰りましょう。
一足伸ばして九頭竜湖もいいかも。

以上をぐるっとひとまわりすると1000キロ越えするようです。
運転は早めの休憩を。
お時間ある方は、巡ってみてくださいね。

オチのない長文にお付き合いありがとうございました。

一木理乃

秋 白露 玄鳥去

ピタパン通信をご覧の皆様、こんにちは。
団員の関根です。

先週は、iPhone5発売に世界が湧いた一週間でしたね。
なんでも1時間で初回生産分は予約終了したとかしなかったとか。
かくいう私もiPhoneユーザーですが、
他キャリアも含めスマートフォンを使っている人はほんとに増えましたよね。
メディアでアプリ特集もよく見かけますが、
今日は私のイチオシアプリをご紹介します。

「くらしのこよみ」
http://www.kurashikata.com/p/blog-page_08.html?m=1
日本の古い季節72候に合わせて、
俳句や旬の食べ物、行事を紹介する電子巻物です。
美しい絵や写真で、
眺めているだけでも楽しい。

ちなみに今は、
秋の中でも、
二十四節:白露(はくろ)
七十二候:玄鳥去(つばめさる)です。
魚の舌平目や、梨が旬の味覚です。

何気ないスーパーでの買い物にも、
意外と季節が感じられるように。
やはり日本という季節の移り変わりのある中で、
旬を感じていたいと思います。
目に映る景色や、味覚、風の匂いは、
ふとした瞬間に記憶を呼び起こしてくれます。
訪れる季節を感じる瞬間は、
過ぎた今までの季節を思い出す瞬間でもあると思います。

今は少し離れてしまいましたが、
秋と春は私にとっては公演の季節。
今回も皆さんの記憶の中に残り、
二度とこないこの秋を思い出す公演に
なることと思います。

ぜひ、秋も深まった10月に劇場でお会いしましょう。

関根理央

アナクロニズムの残党

ぴたぱん通信をご覧の皆さま、こんにちは。団員の貝塚です。
今日は近況に関連してひとつ、書いてみたいと思います。

先日、大学の体育会のコンパにOBとして顔を出してきました。
私のいた大学の体育会というのは、覇気と礼儀を重んじる、古き良き伝統のある組織でして、先輩への挨拶や気遣いなどを徹底して行っています。そのため「縦のつながり」というものが大変強いのです。
コンパを主催するのは学部の3年生ですので、もう私からは6代下になるのですが、その席には私より上の代の先輩もいらしていました。
現在の自分は、あまりそういった環境に身を置いておりませんので、久々のコンパの場に身が引き締まる思いでしたが、大変良い刺激になりました。

しかしながらこの組織も、個人主義、ゆとり教育といった「時代の流れ」の影響を少なからず受けているようです。この組織を昔から知っている方たちからは、「変わった」という声をよく耳にします。
前述の「縦のつながり」という点に関して言えば、私から10~20代上の先輩の時代には、それはもう密なつながりがあったそうです。
例えば夜、アパートの自室で寝ていると、先輩が突然ドアを叩き、上がり込んで来て、そのまま飲み会が始まったりしていたそうです。部屋の主であるその後輩は、それに巻き込まれ、さらには酒や煙草を買いに行かされたりしていたそうです。ちなみに、ドアの鍵はかけていると破壊されてしまうため、皆かけないようにしていたそうです。冗談のような話ですが、恐らく本当です。(証言者複数あり。)
しかしその分、後輩も先輩を頼っていました。学食などで先輩を見かけた際、よろしくお願いします!と頭を下げれば必ずおごってもらえました。(そのため、先輩のアルバイト代の大部分は後輩のために費やされていたそうです。)悩みがあれば、朝まででも相談に乗ってもらえましたし、街で不良グループに理不尽な仕打ちを受けたとわかれば、総出でお礼参りに…まああまり過激な記述は控えましょうか。
こういった、ともすれば暑苦しいほどの人間関係は、今の世の中ではどんどん失われているようです。残念ながら、この体育会も例外ではありません。
世相を考えれば、恐らくこのような「体育会イズム」は時代錯誤なのでしょう。しかし、そこには互いの心身の成長に重要なものが、確かにあったと思うのです。
私の世代などは、既に先輩方から見ればまったく「ぬるい」のだと思います。それでも、自分が伝えられる限りのことは後輩にも伝えていきたい。そのように思う、今日この頃であります。

貝塚 剛志

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