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Diary

2011年10月

思い出したら、思い出になった

ぴたぱん通信をご覧のみなさん、こんにちは。

劇団ピーターパン副団長の都築です。先程の公演では、前説と映像、広報等をやっていました。
副団長と言いましても、劇団立ち上げの発起人となったということで徳永と共に団長、副団長となっているだけで、実質はただの古株の一人でしかありません。
ただ、思えば第1回からなんだかんだすべての公演に関わっているのは佐藤令奈と、辛うじて私だけかもしれません。そういう意味でもこの10回公演というのは、自分にとっても特別なものとなり、また一つの区切りともなりました。
そうです、いつの間にか公演回数も10回というものになりました。
これも見にきて下さっているお客さんあってのことです。本当にありがとうございます。

さて、タイトルにあります「思い出したら、思い出になった」という言葉は、私の好きな言葉の一つであり、糸井重里さんの本のタイトルからとりました。
この言葉は糸井さんが、フランス語
Je me souviens.
を和訳したもので、この言葉はカナダのケベック州の車のナンバープレートのとこによく書いてあるらしいです。直訳で、「私を思い出して」。ことばの由来は、正式には伝わっていないらしいですが、
「自分たちのルーツを忘れないように‥‥」という気持ちが込められているらしいです。

劇団をやっている自分のルーツは?と尋ねられたら、湘南高校であり、劇団非常口でありと答えるところではありますが、一番は、あの第1回をやったるぞーと思わずにはいられなかった「想い」であります。あの頃は一言で言えば「熱さ」しかなく、ただひたすらにがむしゃらに熱中できるものを探しておりました。熱くなるが故に衝突したりもしましたし、夜遅くまで語り合ったりもしました。
とかく大人になるといろいろ知り、要領がよくなり、冷静に物事が見られるようになる反面、熱さだったりバカさは減っていくものかもしれません。現にぴたぱんでも、社会人が増え、なかなか一堂に会して意見を言い合ったり、夜遅くまで語り合ったりとかは厳しくなっているところがあります。けど、ここには未だにバカで熱いメンバーがいます!じゃなければこんな活動できませんから!笑
もちろん熱さだけで色々解決するぐらい甘い世の中ではないですし、劇団員も増え様々な意見が交錯する中、ただの熱さや理想だけでは物事をまとめられません。けど、だからこそ熱く強い想いで何か物事を決めていく必要があるのではないかと思います。私個人としても、冷静さを合わせ持った熱さを目指していきたいと考えています。

少し話がそれましたが、もう一つの私のルーツを上げさせていただければ、公演後の笑顔です。この事は以前何回か書かせて頂きましたが、それは公演が終わった後見にきてくれたお客さんが笑顔で出てきてくれることであり、その笑顔を見た団員が時に泣きそして笑顔になる。そんなもろもろの姿を見ているのが私はたまらなく好きで、それゆえにまた続けようと思い、この10回まで歩んできました。
10回が長いか短いかはよくわかりませんが続ける難しさを感じている今日この頃でもあります。物事を続けるにはなにかしらモチベーションが無いとキツイですが、私にとってはこの二つのルーツが今でも大きなモチベーションになっています。言い換えれば、前者は団員のみんなでもあり、後者はお客さんとも言えます。その二つがそろわなかったら、ここまで続けては来られなかったと思います。ありがとう!!

私たちは公演を通してみなさんと会話します。そこの物語を通して、人生を共有します。それはありふれた日常であり、非日常なファンタジーであるかもしれません。ただ、その中に生きている人の心で、言葉で、自分のしまっていた思い出の扉を開いて、その時の感情を思い出していただけたら幸いであり、また、この公演自体が一つの思い出として今後その思い出と結び付ける懸け橋になれば良いなとも思います。

10回公演を行ったとは言え、技術的にはまだまだ未熟なところが多々あります。ただ、熱さであったり気持ちの部分想いの部分は、今後も変わらず直球でお客さんに投げていけるような、共に心をふるわせられるような、そんな劇団でありたいと考えています。

明るい話題が少ない中、私たちの公演が、ただの記憶としてどこかにしまわれているだけでなく、ふとしたときに思い出して頂けるような、思い出を誰かと語り合う一役を担えるような、そんな公演を今後もつくっていきたいと思います。

本当に文章を書くのは苦手なのですが、10回経験してきたその想いを少しでも感じていただければありがたい限りです。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
この10回の公演を一つの区切りとしつつも、まだまだ今後も劇団ピーターパンは走り続けていきます。既に3月に公演も予定しておりますので、今のうちにご予定空けといてください!
それでは劇場で出会うその時まで、ひとときのさようならを。

あーんど、Trick or Treat!!
都築雄一
Halloween1Halloween2(dark3)

『青い月の出る夜は、奇跡の出会いがあるんだって』

ぴたぱん通信をご覧の皆様、こんにちは。 そしてはじめまして。
第10回公演『owl in a blue moon』で、児童センター職員・麻子を演じました飯田麻友と申します。

公演にお越しいただいた皆様、誠にありがとうございました。

私は前回公演「星の音がきこえる」から劇団ピーターパンに仲間入りしたばかりで、今回がきちんと関わる初めてのピーターパンの舞台でした。
記念すべき第10回公演に記念すべき初舞台。

更に言えば公演初日の10月8日は偶然にも私の誕生日!(実は舞台監督平川と与一役赤木も10月8日生まれです!)

楽しみ半分不安半分でお稽古に臨んだわたしでした。

お芝居は高校3年生の文化祭で少しやったきり。 もちろんそううまくいくはずもなく、 素人も同然で、ダンスについていえば正直素人以下な私でした。 そういえば、出来の悪い自分が悔しくてお稽古中に涙したことも…。笑

そんな私でしたが、こうして無事に公演を終えることができたのは、 月並みですが、本当に周りの支えがあったからだったと思います。
共演していただいたキャストの皆さんはもちろん、 スタッフさん、家族、見に行くよ!頑張ってね!と声をかけてくれた友人…
振り返ってみると、私はまわりにやる気や元気をもらってばかりだったなあ、と思います。感謝するばかりです。
私にとっての『奇跡の出会い』は、 まさにこのお芝居で一緒に舞台をつくりあげた劇団員の皆さんとの出会いでした。 (同じ誕生日の人間が劇団内に三人もいることも奇跡的ですし。笑)
至らないところもたくさんある自分でしたが、 人間的に尊敬できる方ばかりの中で、 お芝居プラスアルファのことを学べたと感じています。

出会いは、成長だなあ、と。

地球上の人類全員と出会うことは一生では到底叶わない とはよく言われますが、ある特定の出会いが奇跡なのではなく、すべての出会いが奇跡ですよね。

この公演との出会いを喜んでくださった方が一人でも多くいれば嬉しいです。

次回の公演では、もっともっとできるんじゃないかなと思っています。 もらってばかりではなく、 何かを与えられる人間になりたい。

実に個人的な感想で恐縮ですが、 自分が生きていく上でも大切にしたい考えだと思います。
出会いを喜ぶだけでなく、 出会いを喜んでもらえるように 次回公演まで、一層精進してまいりたいと思います。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

飯田麻友

温かい歩道・冷たい獣道

第十回公演、ご来場下さった皆様、誠にありがとうございます。
脚本・演出の齋藤です。
初めての会場で慣れないことだらけでしたが、当日は受付のスタッフが頑張ってくれたようで、
大きな混乱もなくまずは良かったなと思っております。

さてさて今回の「owl in a blue moon」。
いかがでしたでしょうか。

今年度は久々の年二回公演を行う予定なのですが、その第一弾としてお送りしました。
そもそも年二回やろうと思った理由としては、
「現状維持・拡大再生産はしない」
というのが僕の考えとしてあったというのが大きなところです。

どうにかこうにか10回目を迎えた当劇団ですが、
これまでの公演で僕がやろうと思っていたことは、
「peterpanらしさ」を創ることでした。
「peterpanといえばこれ、peterpanを見に行けばこういうものが待っている、魅力はこんなところ・・」
そういうものを創るためのこれまででした。10回までにそれを創ろうと。

そして前回「星の音がきこえる」までで、ある程度その目標は達成できたのではないかなと思い至りました。
団員・お客様のイメージする、期待するpeterpanは形になった。
そしてこれからはそれを裏切っていく道をこさえなければなと思っています。
そのために必要なのが公演回数の増加でした。
年一回では、やはり思い切った手は打ち辛く、「peterpanらしさ」に応えていくだけで精一杯だと感じたのです。
そしてそれはたやすく
仲間内では「いつもの感じで」
お客様には「これやると喜ばれるんだよ」
に変わっていきます。
ひとつの武器を磨き続けることが無意味だとは思いませんが、僕は「選択肢のある劇団」でいたいと思うのです。
似たタイプの作品しか上演しない団体では、それを好まない人との出会いは起こり得ないし、
自分ではそう思ってなかったけど意外にこういうタイプも面白いね、と思ってもらえる機会もまた同様に起こり得ません。

もちろんこれは諸刃の剣であって、「こんな感じになっちゃったのか、もういいや」「自分の好きな作風じゃなくなっちゃった」と
そっぽを向かれる可能性は大いにあります。
でも、僕がしたいのは「捨てる」ことではなく「増やす」ことです。
これまで過去9回で作ってきた「peterpanらしさ」を捨てるのではなく、
また新たな「peterpanらしさver2」を産み出していくこと。
結果、お客様がそれを取捨選択できる環境、それを整備したいと思っています。
今回は○○なタイプ。次回は××なタイプですよと。
「ああそれなら今回はいいや。その代わり次回は見に行こうかな」
「そうか、じゃあ今まで見たことないテイストだけど今回は見てみようか」
と、色んな出会いの可能性を創っていくこと、それをこれからの目標にしたいと思っています。
それが公演回数増加の対外的な理由です。

それとは別に、対内的な理由は、
一つは同じようにマンネリを避け、新たな力を付けること。
もう一つは劇団を団体として純化したいということでした。

ウチは基本的に誰でも入れます。関わり方も自由です。
僕の演出方針が「上手い必要はない。そいつ自身に魅力さえあれば」というものなので、
スタッフワークに外部プロダクションを入れるわけでもないし、
キャストだって誰でも簡単に出来ます。選出もしないですし、稽古もメチャクチャ楽です。

ただ、今まではそれだけで良かったのですが、10回ともなると状況は変わります。
社会人も増え、世代が別れれば独自のコミュニケーションも必要になり、その割に顔を合わせる機会は減るばかり。
稽古や制作に割ける時間は減る、しかし作るべきもののレベル、自身の理想は高まる一方・・・
そういう状況はやっぱり過酷なんですよね。

今までのように、ゆったりぬるま湯に浸かっていても湯上りには爽快にコーヒー牛乳が飲める、しかも身銭を切らずとも人の金で、というわけにはいかなくなってきました。

早い話が「乗るか反るか」になってきちゃったんです。
何かを得たいなら、それなりの対価を支払わなければならない。無傷で誰かに守ってもらいながら、それでも最後にはおいしい食事にありつける・・
ということにはならなくなってしまったなと。

何かを一生懸命やるのは大変です。誰だって傷つきたくはないですし。責任なんて背負いたかないです。リングに上がらず野次っている方がよっぽどいい。
その点では創作活動なんてのは地獄だと思います。足を洗えるなら(そのレベルの気持ちであるなら)洗える時に洗った方が幸せだとすら思います。
年齢や結婚、仕事、学業、家の都合、他の選択肢・・・
色んなことが誘惑を強める時期だからこそ、このタイミングでもう一度選び直すきっかけが必要だと思いました。
過酷さ、苦しさ、諸々のしんどい面を見て、その上で自分がどうするのかを考えるべきなのではないかなと。
それを経た上であれば、ある意味節操なしとも言えるウチの体制は実に理想的に機能するだろうと思ったのです。
離別という悲しい道を取らずとも、その各人の選択を全て受け入れる土俵があるということなのですから。

年一回、ゆったりとやっていれば、平穏に進むのかもしれません。
でもそれはいずれ必ず終わります。人はいつまでもぬるま湯には入っていられませんし、人の熱など所詮いずれ覚めるものです。
ゆっくりと滅んでいくのか、傷を抱えてでも進むのか。
その答えを探すためにも、公演回数を増やして突き進むことにしました。

これがまぁしんどいしんどい(笑)
でも自分自身に問いかけて、試す意味でも良かったと思っています。
次回、三月の公演で、言葉ではなく舞台の上で、その答えをお見せできればと思います。
どこか頭の片隅に、次回公演のことをしまっておいて頂けたなら幸いです。
どうぞご期待下さい。
一生懸命やらしていただきます。

どーなることやら!

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