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Diary

2011年3月

安心。

ぴたぱん通信をご覧の皆様、こんにちは。第9回公演では『月刊アート』編集部の一ノ瀬慧を演じました佐藤美紀です。ご来場下さった皆様、誠にありがとうございます。

早いもので東北大震災・大津波から2週間が経過しました。皆様いかがお過ごしでしょうか。
テレビを始めあらゆることが少しずつ日常に戻ってきていますが、空調の入らない電車、街頭モニターの消えた渋谷、冷蔵庫が寂しいスーパーなど、まだ影響を残しています。
さて、この震災があってから「不謹慎」という言葉をよく耳にします。このあたりは人それぞれ捉え方が異なると思うので、ここで私の考えを押し付けるつもりはありません。でも、大切なのは被災地の方を思う気持ちだと思うのです。その気持ちがあれば、楽しむことを恐れる必要はない、明るく過ごすのも私たちにできることだと思っています。

先日、9回公演の打ち上げがありました。地震や計画停電のこともあり、それこそ「不謹慎」かと思って中止や縮小も検討しましたが予定通り実施しました。このような状況ゆえ、みんなに会える喜び、一緒にいることの楽しさ、そして暖かさをひしひしと感じました。不安もありましたが実行してよかったと思っています。一度解散した後も別れがたくなって、実に1日半をずっと団員と過ごしました。

その時間を過ごしたことで、こんな暖かさを被災地の方々が少しでも早く感じられるよう、できることを続けていきたいと改めて思います。まずは節電から。
なんだが稚拙な文章で申し訳ないですが、被災者の方々が一日も早く、安心して過ごせるよう願いつつ、筆を置きます。

がんばろう!日本!

佐藤美紀

日々過ごしながら

日々穏やかでない状況が続いておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

第9回公演では望琴の母親のみちる役を演じました、藤井です。

前回、前々回で佐藤や斎藤がいろいろ話していますが、私も身の回りのことから話さ
せていただきます。

私は現在看護師として働いています。

いろいろな場所で計画的な停電が行われていますが、病院も例にもれず。

そう。まず例にもれないことに驚きました。

病院では生命に直結する機械を多数使用しているため、どうなってしまうんだろう、
と不安が頭をよぎりましたが、非常電源の使用のもと最小限の電力で運営しておりま
す。

停電中の医療現場では生活する患者さん、また我々スタッフも必死になっています。

そんな時、被災地ではどれだけ大変なことだろうと考えると胸が痛くなります。

電気もガスも物もなく、十分な器材も少なく。

医療不足がテレビでも聞かれており、日本各地から応援が派遣されていて・・・。

まだまだ看護師としても人間としてもヒヨっ子な私は、日々の業務で疲弊し、医療者
であることの責任に押しつぶされてしまいそうになることがあります。すべてを投げ
出して逃げたくもなります。

それでも被災地の方々のことを思うと、目の前の病んでる人を見ると・・・

吹いたら飛んでしまいそうな私の医療者としての誇りや使命感がふんばらせます。

そして、ふんばれなくなりそうなとき、近くのお店で飲む1杯のコーヒーに癒された
り、音楽に癒されたり。

なによりまわりの人の温かさに救われます。

それぞれにできること、それぞれが存在すること。

そのおかげでたくさんの人の生活があるのだと思います。

落ち着かない日々ではありますが、まずは自分が自分の生活を送り、自分にできるこ
とをやらなければいけないなぁと思いました。

皆様がどうか日々を送りながら、無事でありますように。

藤井華子

免れ、やること

脚本•演出の齋藤です。
連日不安定な情勢が続きますが、皆様ご無事でありますように。
また被災地の一日も早い安定と復興を祈ります。

(以下自分の私見になりますが)
知人や同僚、親戚にも被災地の人間がおり、彼らの苦難と
連日報道されてくる悲惨な姿を見ていると、つくづく自然の前の人間の無力さ、
有事の際の自身の無力さを痛感します。

でも同時にその中で見られた力強さがあるのも確かです。
被災者の方だけでなく、手を差し伸べる外の方々、
「それでも人は生きて行くのだ。それしかないのだ」と思わせてくれる力がにじんできます。

自分に出来ることはないか考えてみても、被災地への寄付、募金、節電、、、一つ一つは本当に小さい。
でもやるべきことは「災害を思いながら日常を続ける」ことだろうと。
僕は僕に出来る範囲で出来ることをし、仕事をし、食い寝て遊び、金を使い金を回し、全体の一人として生活を続けること。
可哀相だと閉じこもっていても何もならない。
誰も助けられないどころか何も生まれない。
僕が被災地を悼んでお家でじっとしていたからといって、それを被災した方々はどう思うだろうか。何になるだろうか。
「自粛なんて休むことでしかない」と誰かが言っていましたが、確かに一理あると思います。
(段階があるとは思いますが。確かにまだ野球で元気を与えるという段階では‥とも思うけど)
福島出身の同僚が「家族は心配だが、俺が暗くなったからって救えやしない」と、いつものようにふざけていた姿が忘れられません。

東北は傷ついている。日本の、世界の一部が痛んでいる。
ならそれを免れた部分はより元気でいなければならない、より動かなければならない、のではないかなと。
自粛すべきものを自分の頭で判断し、そこにある日常をきちんと送るべきだろうと。
「不謹慎」の一言でみんなが暗い顔をしていてもしょうがない。
塞ぎ込んで嵐が過ぎるのを待つのは楽だが、それでは全体の部分として責任を果たせないのではないかと。

僕個人の日常など、誠ちっぽけなものですが、それでも確かに全体の部分なのだと思いました。
その中で、「直接的に現地のために出来ること」「自分が生活を守ることで結果全体の活気を守ること」
自分に出来るのはその二点だと。

そして時が経てば必ず、今度は心を潤さなければならない段階が来るはずです。
スポーツ、芸術、音楽、舞台。。。
人はパンのみに生きるわけじゃないと思える段階が必ず来るはずです。
舞台人である自分には、結局舞台を作る以外にありません。
小さな小さな舞台ですが、わずかでも誰かに力を与えられないものだろうかと心に置きながら、
自分の日常を送ろうと思います。

一人でも多く助かりますように。
少しでも被害が小さくなりますように。
一日でも早く、元気が戻りますように。

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