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Diary

2010年9月

夏の終わりの京都旅行

ぴたぱん通信をご覧のみなさまこんにちは。一木です。

先日の金土日は京都旅行に行ってきました。
お寺や神社の有名どころに加え
ちょっと足を伸ばして比叡山方面の貴船や嵐山に行ってみました。

貴船川の真上に敷いた畳上で過ごす時間はまさに至福の時間でした。
足下には川の水、周囲には樹木、頭上は木漏れ日と
もうマイナスイオン全開です。

普段旅行するときは
朝から目一杯歩いて観光する性格なのですが
今回は何にもしない何も考えない
なんとも贅沢な時間を満喫することができました。

嵐山では窓全開のトロッコ列車に乗り
保津川と並走しながらここでも夏の水と緑を味わいました。
山の路線なのでトンネルも多く
明かり区間との明暗もばっちり楽しめます。

そんな感じで日頃の喧騒をぜーんぶ忘れてのんびりできました。
お陰で月曜日の会社はしんどかったですが。。

これからは秋の紅葉シーズンですね。
貴船は夏がオススメですが
嵐山のトロッコ列車では紅葉が楽しめるはずです。
京都に行く機会がありましたら是非訪れてみてください。
私も秋の京都に行ったことがないので
いつか行きたいと思っています。

一木理乃

PDCA

ぴたぱん通信をごらんの皆様
こんにちは.団員の沖津です.
今日は僕の最近の体験とそこから気づいたことをお話させていただきたいと思います.

僕は今年社会人一年目で,つい先日まで研修中の身でした.
本業は研究開発職ですが,研修では自分の見識を広げるために様々なことを行います.
先日6月1日の記事では「ジョブローテーション研修」について書かせていただきましたが,
今回は「販売研修」についてお話させていただきたいと思います.

販売研修とは,自社商品を販売するために様々なオフィスに
飛び込みで営業をする研修のことで,
自社商品の理解を深めることと,お金を稼ぐことの大変さを学ぶ事を目的として行います.
たくさんのオフィスに行くので,様々な人に触れます.
行くたびに飲み物や食べ物をいただいて人情に触れる時もあれば,
話しもろくに聞いてもらえずいわゆる「門前払い」されることもあります.

その中で僕が最も強く感じたのは,社会人にとってはありきたりですが
PDCAサイクルって本当に重要なんだなあ,ということです.
PDCAサイクルというのは,Plan( 計画)→ Do(実行)→ Check(評価)→ Act(改善)
の頭文字を取った業務改善の手法です.例えば営業だと,
Plan(計画) お客さんに話をきいてもらおう!
Do(実行) とにかく元気よく挨拶!
Check(評価) あまり成功しなかった.挨拶だけじゃなくて笑顔も大切かも!?
Act(改善) 今までの挨拶にプラスして笑顔も!
あまり良い例ではありませんが,このように目標を設定してしっかり振り返って自分をレベルアップさせていくことです.

研究開発は成果(論文,特許等)が出るまでのスパンが他の業務に比べると長い仕事です.
一日一日の目標を見失ってしまうと,下手をするとあまり成長できない日も出てきてしまうかもしれません.
なので,PDCAをしっかり行って,日々自分を成長させるように意識することは,
これからの自分の研究人生に非常に重要なんだなと感じています.

みなさんはどんな目標を持って日々を生きていますか?
僕は自分に甘い人間なので,できるだけ一日一日の目標を持って日々をしっかり過ごしていきたいと考えています.

それでは,寒暖差の激しい最近ですが,
体調にお気をつけて日々を過ごしてください.
それでは...

沖津 健吾

本質を見極めること

ぴたぱん通信をご覧のみなさま、こんにちは。団員の貝塚です。
今年の夏は大変暑かったですね。みなさまはお変わりなくお過ごしでしょうか?

今回は、私が取り組んでいる「研究」に関するお話を1つ書かせていただくことといたします。

私は今年の4月から、大学院の博士課程に在籍しています。
ここでちょっとご説明いたしますと、大学院には通常「修士課程」と「博士課程」の2つの課程が存在します。これは例えるなら中高一貫校の「中等部」と「高等部」みたいなものでして、2年間の修士課程を卒業すれば「修士」、さらにそこから3~4年間の博士課程を(所定の条件を満たした上で)卒業すれば「博士」の学位が得られます。
私は将来的には、科学者として大学などで研究をしていきたいと思っているのですが、そのためにはこの「博士」の学位がまず間違いなく必須となります。
そういうわけで、現在は博士課程の1年生として、研究をさせて頂いているというわけです。

研究をしているという点では、これまでの修士課程と同じなのですが、その質が大きく変化したことを実感しています。具体的には、博士課程では研究における「問い」を自ら設定する能力が求められるようになったということです。
(以下に述べる事柄は、私の専門である生命科学の領域の話です。他の分野では事情が違うかも知れませんので、ご了承くださいm(_ _)m)

例えば目の前に、ある問題があったとして、それを解決するための戦略と戦術を組み立て、根気強くこれに挑戦する――これはもちろん立派な「研究」です。

しかし、それは修士までの話であり、博士はこの「問題」を自分で設定できなければならないのです。それも、ただ闇雲に設定するのではなく、最もクリティカルな問いを見つけ出す必要があります。

「いかに本質的な問いを設定するか」――これは「研究」というプロセスにおいて、最も難しい一方で、最も重要なステップであると、私は思っています。そもそものゴールを見誤っていては、いくらそれに向けて頑張ったところで、それはほとんど徒労になってしまいますからね。

なんだか抽象的な話になってしまいましたので、1つ例を挙げてみましょう。

例えば「二酸化炭素は地球の温暖化を加速させる」という問題があったとします。

ここから
「ではどうすれば二酸化炭素を減らせるのか?」
  ↓
「二酸化炭素の排出を減らすため、自動車の使用を規制しよう」
「二酸化炭素の吸収を増やすため、森林の保護を促進しよう」
こういった考え方で物事を進めるのが修士までの「研究」です。

しかし博士となるからには、もう一歩さかのぼって、
「本当に二酸化炭素が地球温暖化の主要な原因なのか?」
「そもそも、地球温暖化というのは本当に悪いことなのか?」
といった考え方ができなければいけないのです。

私は環境問題にはあまり明るくないのですが、例えばメタンガスの温室効果は二酸化炭素よりはるかに高いと聞いたことがあります。ということは、もしかしたら本当に取り締まるべきはこっちの方かもしれませんよね。

このように、「博士」というのは単に「博学」なだけではなく、物事の本質を見抜くことができる人物でなければならないのです。

…などと激しく偉そうなことを書いてしまいましたが、私も実際はまだまだ未熟者です。
何か思いついてみては、教授のご指摘を受けて冷汗三斗、というのが現状です。
しかし、いつの日か一人前の科学者となれるよう、そして劇団の仲間やみなさまにも良い刺激を与えられる存在になれるよう、これからも精進していきたいと思います。

やや長くなってしまいましたが、本日はこれにて失礼いたします。
それでは、またお会いしましょう。

貝塚 剛志

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