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Diary

2009年11月

はじめの一歩

最近、寒さも本格化してきましたが、みなさんお元気でしょうか。片桐です。
主にキャストとして活動しています。前回の公演では校長先生役をやりました。
覚えていてくださると嬉しいです。そうでなければ、より一層覚えていただけるよう精進しないと、ですね。

いきなりですが、私は出無精です。
(注:ここで笑った人、私がふくよかである事を知っていますね。恐悦至極。)
外に出るのがあまり好きではありません。ましてや人が多いところなど、まっぴら御免です。
特に観光地などは、苦手です。仮に、どんなに素晴らしいところであったとしても、人が多いと気になってしまって、自分の世界に入り込めない気がするんですよね。

そんな私が先日、諸用の為、浅草へ行く事になりました。
案の定、もう駅から混んでいます。
雷門周辺は修学旅行の学生やら、外国人観光客やら、ファミリーやら、おじいさんおばあさんやらで、ヒジョーに賑わっておりました。私はもうその光景を見ただけでげんなりしてしまいました。
私は出無精であり、おまけに、方向音痴である為、人がたくさんいる大通りを通らざるをえないのです。
さっさと用を済ませて、少しでも早く帰ろうと思いました。が、ちょっと細い路地に入ってみると、嘘みたいに人がいないんです。
これならお店をゆっくりみることができるし、自分の時間を満喫する事もできます。これで一気に気分を良くした私は、結局4時間ほどぶらぶらと楽しく過ごしました。

年をとると頭が固くなると良く聞きますが、私は「そんなに風にはならないぞ」と何故か思っていました。しかし、ひとつ、ふたつと年を重ねるごとに、自分も例外なく、だんだん頭が固くなってきていたんですね。
「観光地=人がいっぱい=楽しむことができない」という固定観念が、今回の件で少しだけかもしれませんが変わりました。
変な言い方かもしれませんが、もしも一生この固定観念により、極力外へ出ない生活を続けていたら、そのまま一生を終えていたかもしれません。

ありきたりな事かもしれません。大げさなことかもしれませんが、一歩踏み出さないと、事態は何も変わらないんだなと、何も始まらないんだなと、考えさせられました。
あるいは、たまには過去を振り返って、見方を変えてみると、違った何かが見えてくる。な〜んて、生意気な事を感じた25歳の冬(?)でした。

片桐和穂

11月21日の稽古風景

こんにちわ。
劇団の「しゃしんがかり」藤本です。

最近は寒くなってきましたね。
外に出るのが億劫になるばかりです。
しかし!元気に稽古しております!

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ここのところ、
本読みはプロの劇団の脚本を使っています。
発声や感情はもちろん、動きを大きくするのが課題の一つです。

イメージがあるピーターパンの脚本よりも、
イメージがない脚本を使った方が動きに先入観なく演技ができます。

自分なりに考えて動くと、
「あ、自分こんな動きできるんだ」とか
「こんな動きもありだな」とか思いつきますし、
団員の動きを見て、
「それいただき」とか
「あいつそんなものできるんだ」とか新しい発見?があります。
自然、面白くなってくるんですよねw

翌日、筋肉痛になったりしてますが(今日もですが…)
楽しみつつもうまくなるべく、貪欲に稽古に励んでおります!
ぜひ、楽しみにしていてください。

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放電雑記

ぴたぱん通信をご覧のみなさま、こんにちは。団員の貝塚です。
外を吹く風もすっかり冷たくなり、秋も深まったようですが、みなさまいかがお過ごしですか?
このくらいの時期になると、外を出歩いても、辺りは静寂に包まれており、なんだか寂しい気もしますね。

しかし一方で、冬になるとやってきて、我々を困らせる存在もいます。

それは静電気です。

そう、扉の取っ手に触れるときにバチッとくるアレです。
みなさまも経験があるかと思いますが、私も冬場は毎年これに悩まされます。
ことに乾燥した日などは、思わずウワッと叫んでしまうほど強烈な一撃を見舞われることもしばしばです。
大学にいても、金属製の実験機器に触れるたびに放電するものですから、どうも落ち着けません。

ここ最近は雨の日が多いせいか、そこまで放電の頻度は高くないのですが、今度は逆に、取っ手に触れるとともに反射的にウワッと叫んだものの、実は放電していなかったりして恥ずかしい思いをさせられるという始末です。
本当に静電気というやつはつくづく困り者です。

しかしこれは、案外手軽な方法で防ぐことができるということを最近になって聞きました。
その方法は、取っ手などに素手で触れる前に、一度、カギやコインなど、電気を通すものを介して触れる、というもので、私はこれだけでかなり被害を防ぐことができました。
余りに強烈は場合はカギを介して触れてもなお衝撃が伝わってきますが、そのまま触れるよりははるかにましだと言えるでしょう。

もう、扉を開けるたびに悲鳴を上げる必要はありません。
みなさまもぜひ、お試しください。

それでは、またお目にかかりましょう。

貝塚 剛志

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