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Diary

6年。

第11回公演、無事全日程を終了しました。
劇団Peterpan脚本・演出の齋藤です。

公演から一週間が経ちました。
今回も、多くのお客様にご来場頂き、感謝の気持ちで一杯です。
急遽一公演増やしたにも関わらず、毎公演満席状態で、
受付スタッフが「当日券が用意できない!」と嬉しい悲鳴を上げておりました。
お足元も悪い中、見に来てくださった皆様、
真にありがとうございます。

さてさて、今回の再演「レクイエムが舞う頃に」いかがでしたでしょうか。
今回は劇団として初の再演となりました。
初演は6年前。僕が初めて書いた脚本がこのお話です。
当時は何もかもが手探りで、
でも自分達の想いを一つ一つ形にしていくことがただただ楽しく、
そして嬉しく思っていたことを思い出します。
思い出話はまたの機会にして、今回のことを。

そんなレクイエムですが、
実は僕自身はあまり再演ということにピンときていなかったのです。
正直、まだ早いなぁと思っていましたし、
代表の都築はじめ、周りからの声がなければやらなかったと思います。
最終的にやることにしたのは、理由は諸々あるのですが、
11回という新たなタイミングで確認しておきたいことがあったからです。
「6年間で果たして何がどれだけ変わったのか」ということをです。

6年間で確かに良くなったことも多いと思うのです。
演技にしろスタッフワークにしろ、少しずつよくなっている。
ただ、6年前の初演の頃のような、爆発力や衝動、
そういった原初的なエネルギーはどうだろうかと思うのです。
これは失くして当然であって、20になったばかりの集団とは違って当たり前であり、
また失くしてしかるべきものだと思います。
別にそれを悲観するわけではなく、
「では代わりに何を手に入れたのか」という部分を試したかったのです。
「巧さ」なのか「技術」なのか、それともまた別の力なのか。
そして同時に、当時はナチュラルに持っていたその原初的エネルギーを、
「どの程度コントロールし、技術として発揮できるのか」を試したかったのです。
僕にとってはそれが最も芝居をするために必要な力であり、
役者であると名乗る条件だと確信しているからです。

・・結論から言うとこれがまぁ中々に惨敗でして・・
古参のメンバーで時たまマグレのようにその瞬間がある程度、
初舞台のメンバーはもちろん、まだ日の浅い面々はまだまだまだまだ・・というのが現実でした。

いつも稽古中は役者さんにお任せにする方なのですが、
今回は割とやかましく口を出しました。
というのも、今回の「レクイエム」というお話は、
気持ちを見せるしかないお話だからです。
特別な仕掛けがあるわけでもなく、派手な動きがあるわけでもなく、
ありがたい含蓄があるわけでもない。なんてこたない話なんです。
加えてファンタジーな要素が入っているとなるとなると、
違和感なく見せるにはすべての言葉、すべての感情を丁寧にやらなければ
とても見ていられないものになります。
僕が再演に慎重だった理由のひとつは、
この力がまだまだまだまだmdmdmdmd足りないと思っていたからです。

もう一つは、役柄のこと。
毎回僕は役者に合わせて本を書きます。
でも再演はそうもいきません。もうあるものをやるわけですから。
脚本の役柄と役者の相性とがどうにも最初マッチできなかったんです。
そのための書き直しが想像以上に大変で、
結局完成版が出来たのも直前になってしまいました。

最も書き直しが少なかったのは主演の柊勇を演じた野崎理じゃないかと思います。
これまで彼は3回舞台に立ち、その全てで主演をしています。
僕は主演が一番ラクだと思っています。
セリフ自体に力があるから下手でもそれっぽくなるし、
照明音響は重点的に当ててくれるしで、
自分に力がなくても周りの力でそれっぽくなるのが主役というものです。
では誰でも出来るのかというとこれはそうではない。
主役に唯一必要なのは、「他人を思えること」ただそれだけです。
周りの面々が「あいつのためなら何とかしてやろう」「あいつがあんなになっているのだから応えてやろう」と思えるような、そういう真面目さが絶対に必要です。
自分の力だと奢るようではだめ、人の気持ちが想像できないのもだめ、自分のためにしか行動できないのもだめ、疲れや悩みで人に気を遣わせるようではだめ・・・
要するに、お子様ではだめなんです。

野崎理は僕の知る限り、当劇団でも随一の「大人な」人間だと思います。(所詮僕は一面しか知りませんが)
奢らず、人に感謝し、自分が疲れていても落ち込む人に笑いかけ、見返りを求めない。
人を思える事、ただその一点だけで、僕は彼を信じ、いつもいつもメインを任せてきました。

今回の千秋楽、彼は不調に飲まれ、たくさんミスをしました。
公演後、彼はずっと暗い表情のままでいました。僕は彼の気持ちが何となくわかりました。
僕も毎回の公演後、明るい気持ちではいられないからです。
毎度毎度自分の理想に届かないこと、その悔しさ、出来への不満、自分の力のなさ、不甲斐なさ、情けなさ・・・
それを殺し、「あぁ終わった。終わったんだ」と呟くことの苦しさ。
僕の前ですみませんとわんわん泣いた野崎理は、いつもの僕と同じに見えたのです。

やってもやっても届かない。なのに追いかけるのか?なんで?もういいだろうが。

だけど、「大人な」野崎はやっぱり僕とは違いました。
6年間がんじがらめになっている僕を置いて、先日会ったとき彼は軽やかに言いました。
「出来なかった。後悔してる。だけど、だから次は出来るかもしれない」

またいつか、彼と同じ舞台を作るときを楽しみにしています。
その時には、届くのかも知れません。その前に届くかも知れません。
もしかしたらずっと届かないかも知れない。だけど、だからその次は、届くかも知れない。

カスるくらいは行きてぇよなぁ、オサム。

今後のことは相も変わらず真っ白です。
劇場で予告めいたものを面白がってやったものの、なーんにも決まっておりません!
環境が変わって参加が難しくなるメンバーも増えます。それでも、きっとまたやりたいと思っています。
そしてもし、またそれぞれの先に見るものが重なったなら、
6年経っても相変わらず駄目な面々と、そんな面々とも知らずノコノコ加わってきた奴らとで、次の面白いことに向かってみようと思います。

また劇場で同じ夢が見られる日まで。お互い何となく生きながら。
それでは、また。

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