*

Diary

本質を見極めること

ぴたぱん通信をご覧のみなさま、こんにちは。団員の貝塚です。
今年の夏は大変暑かったですね。みなさまはお変わりなくお過ごしでしょうか?

今回は、私が取り組んでいる「研究」に関するお話を1つ書かせていただくことといたします。

私は今年の4月から、大学院の博士課程に在籍しています。
ここでちょっとご説明いたしますと、大学院には通常「修士課程」と「博士課程」の2つの課程が存在します。これは例えるなら中高一貫校の「中等部」と「高等部」みたいなものでして、2年間の修士課程を卒業すれば「修士」、さらにそこから3~4年間の博士課程を(所定の条件を満たした上で)卒業すれば「博士」の学位が得られます。
私は将来的には、科学者として大学などで研究をしていきたいと思っているのですが、そのためにはこの「博士」の学位がまず間違いなく必須となります。
そういうわけで、現在は博士課程の1年生として、研究をさせて頂いているというわけです。

研究をしているという点では、これまでの修士課程と同じなのですが、その質が大きく変化したことを実感しています。具体的には、博士課程では研究における「問い」を自ら設定する能力が求められるようになったということです。
(以下に述べる事柄は、私の専門である生命科学の領域の話です。他の分野では事情が違うかも知れませんので、ご了承くださいm(_ _)m)

例えば目の前に、ある問題があったとして、それを解決するための戦略と戦術を組み立て、根気強くこれに挑戦する――これはもちろん立派な「研究」です。

しかし、それは修士までの話であり、博士はこの「問題」を自分で設定できなければならないのです。それも、ただ闇雲に設定するのではなく、最もクリティカルな問いを見つけ出す必要があります。

「いかに本質的な問いを設定するか」――これは「研究」というプロセスにおいて、最も難しい一方で、最も重要なステップであると、私は思っています。そもそものゴールを見誤っていては、いくらそれに向けて頑張ったところで、それはほとんど徒労になってしまいますからね。

なんだか抽象的な話になってしまいましたので、1つ例を挙げてみましょう。

例えば「二酸化炭素は地球の温暖化を加速させる」という問題があったとします。

ここから
「ではどうすれば二酸化炭素を減らせるのか?」
  ↓
「二酸化炭素の排出を減らすため、自動車の使用を規制しよう」
「二酸化炭素の吸収を増やすため、森林の保護を促進しよう」
こういった考え方で物事を進めるのが修士までの「研究」です。

しかし博士となるからには、もう一歩さかのぼって、
「本当に二酸化炭素が地球温暖化の主要な原因なのか?」
「そもそも、地球温暖化というのは本当に悪いことなのか?」
といった考え方ができなければいけないのです。

私は環境問題にはあまり明るくないのですが、例えばメタンガスの温室効果は二酸化炭素よりはるかに高いと聞いたことがあります。ということは、もしかしたら本当に取り締まるべきはこっちの方かもしれませんよね。

このように、「博士」というのは単に「博学」なだけではなく、物事の本質を見抜くことができる人物でなければならないのです。

…などと激しく偉そうなことを書いてしまいましたが、私も実際はまだまだ未熟者です。
何か思いついてみては、教授のご指摘を受けて冷汗三斗、というのが現状です。
しかし、いつの日か一人前の科学者となれるよう、そして劇団の仲間やみなさまにも良い刺激を与えられる存在になれるよう、これからも精進していきたいと思います。

やや長くなってしまいましたが、本日はこれにて失礼いたします。
それでは、またお会いしましょう。

貝塚 剛志

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>

  • 最近の投稿

  • 最近のコメント

  • アーカイブ