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Diary

人と人とをつなぐもの

ぴたぱん通信をご覧の皆さん、こんにちは。団員の大野です。
8月も終わりだというのにセミは鳴き、汗が滴る、蒸し暑い日が続いております。

最近は大学院の研究などで忙しく、久しく舞台にがっつりと関われてはおりませんが、
小生元気に毎日を過ごしております。

さて、私の研究分野が英語コミュニケーション能力に関するものなので、
今日はその「コミュニケーション」について書いてみたいと思います。
「コミュニケーション能力」、などと巷で言われはじめてから大分経ちますが、コミュニケーションとは一体何なのでしょう。

コミュニケーションの第一義的な目的として、「情報の伝達」があります。
生物(含人間)は古来より、声や音を出したり身振り手振りなどをしたりして情報を伝達していました。
根源には生きるため、食べるための情報、例えば捕食者に気をつけろ、だとか獲物がいるぞ、だとか、
いわば「生」に直結する情報をやりとりすることが目的としてありました。
例えばある種のトリは、鳴き声の高低で情報のやりとりをしたり、ハチの一種はその飛び方を変えることで
蜂蜜がある正確な距離と方向を表現したりしています。
これは大変原始的なコミュニケーションの目的です。

では、それ以外にコミュニケーションをする目的は何だろうかと考えると、浮かび上がってくるものが
「感情の伝達・共有」です。人間以外にもいくつかの生物は感情や思考を持ち合わせていると言われています。
例えば像は仲間が死ぬと死骸を弔います。
またゴリラはヒトが教えた手話を使って簡単なコミュニケーションをとることができました。
ゴリラは「死」という概念について理解しており、死ぬ時期を聞かれると「年をとり、病気で死ぬ」と答え、
そして、死んだゴリラが行く先を「苦労のない 穴へ さようなら」と表現することができたという記録があります。

この感情というかたちのないものを五感、あるいは第六感まで総動員して互いが互いのことを知るという
ことを、実は人間以外の生物も行なっているのです。興味深いですね。

ところで、演劇もコミュニケーションの一つだと私は考えます。
コミュニケーションがコミュニケーションたる条件として、語り手と聞き手の存在があります。
そして、情報であれ感情であれ伝達・共有するに足る「何か」を、お互いの能力を使って紡いでいきます。

表現する側はセリフであったり、動きであったり、舞台であったり、音であったり、光であったり、あらゆる
媒介を用いて聞き手に伝えるアプローチをします。そして、聞き手はそれらの与えられた情報から「物語」を
解釈していきます。もうコミュニケーションそのまんまですね。

受け取る側のお客様次第で、その物語は如何様にも変わることがある、ということもまた、
演劇の面白いところだと思います。このコミュニケーションの駆け引きは表現する側でも受け取る側でも
とても楽しいことだと思います。

そのようなわくわくする気持ちであったり、楽しい気持ちであったり、時には悲しい気持ちであったりを
受け取る側のお客様は笑ったり、泣いたり、驚いたり…といった様々な反応でまた、表現する側の我々にお返ししていただけます。
そこに人が存在する限り、コミュニケーションは生まれるのです。

10月27,28日で皆様と舞台でお会いできる日を、心待ちにしております。
そして是非、舞台で「コミュニケーション」しようではありませんか。

大野 仁寛

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