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Diary

うまく言えない人のための世界

ぴたぱん通信をご覧のみなさん、こんにちは!
団員の中畑です。
久しぶりにぴたぱん通信を任されて、ちょっと緊張しちゃってます。
使わない筋肉が衰えるように、他人に向けた言葉も常に発していないと声がうまく出なくなってしまうからです。うまく書けるかな。
さあ何を書こう、何を伝えよう。そう構えることは時に大切です。

文章を書くことに迷うときは、決まっていつも書くことそのものに対して考えを巡らせることになります。
ちょうど今、僕は法律関係の道を目指している関係、日々文章を「より適切で」「迅速に」書くトレーニングをしています。
問題の解決をはかるには、互いの言い分を十分に汲み取って整理し、過不足無く表現・主張することが大切です。そこで文章力や表現力が求められるわけですね。
しかし実際に自分で文章を書いてみると、うまく書くことの難しさを痛感します。
「分かっているけど書けない」「思っているけど書けない」ことのもどかしさはなかなか好きになれたものじゃありません。
眠らないといけないのに眠れない夜みたいに、奇妙な焦りと苛立ちの中何度も寝返りだけうつことになります。

思ってみれば、社会ではいつもうまく書く・伝えることが求められています。
会社ではメール、メール、プレゼン、メール、報告書。ちょっと本屋に向かえばぐるりと新刊に取り囲まれるし、ネットではリアルタイムで文字が飛び交う。コピペ、人気ブロガー、リツイート数。テレビをつければ芸人さんがすべらない話。
そんな風になんだってうまく表現することに取り囲まれているし、それはプロだけの仕事じゃなくて日常僕らが生活する場でもどんどん求められるようになってきているようです。
なるほど、今の世で人の注目を集めるためには、ある意味饒舌になる必要があるのかも知れません。

あー自分にもうまい表現ができれば!
どこか外国の社長みたいにプレゼンのネット中継で世界中の人をわくわくさせることもできるかも知れないし、鋭い観察眼を持った小学生の子役みたいにみんなをハッとさせることもできるかも…。
もしかしたらみんなそんな思いを抱いたりするのかも知れません。

うまく伝えるためには饒舌にならなくては…僕はそう観念してもいたのですが、最近ちょっと気になることがありました。
つい先日のオリンピックでメダルをとった(あるいはとれなかった)選手がインタビューに応じるとき、必ずしも流暢な言葉はそこに出てきませんでした。たどたどしいその様子を僕は大丈夫なのかなとハラハラして見ていました。
しかし、インタビュアーの質問にずいぶんと時間が過ぎてから一言だけぼそっと言うその仕草や表情、そこに果てしない努力の時間が驚くほどはっきり見えたような気がしたのです。選手の人の発した言葉の情報量はごくわずかです。それに、練習の過酷さやそれまでの思いを伝えた発言ですらなかったわけです。
それなのに伝わるって、何だろう。

「筆舌に尽くし難い」「名状し難い」「言いようのない」「えも言われぬ」…日本語には言葉にできないという意味の言葉がたくさんあります。
そもそも、体験や感情は語りや文章で表現し尽くせるようなものじゃありません。言葉は言うなればそれを掬うための匙のようなものです。ときに、饒舌以上に寡黙は複雑な思いや体験を伝えてくれます。そんな点で僕らは言葉を過信してはいけないのかも知れません。

うまく言えないなあと思うとき、そのうまく言えなさ加減がもしかしたら僕らの思っているよりも誰かに何かを伝えているかも知れないし、リアルを与えてくれるのかも知れません。
試しに、これを読んだらあなたの大切な人にうまく言えない気持ちを伝えてみるといいです。あなたが言いよどんだり、視線をそらしたりするたびに相手はきっと何かを感じ取るかもしれないですよ。
うまく言えないことにもまた、大事さがあるのです。

…と、こういうことなので、もしこの記事がよく意味の分からないものになっていたとしても、そこは僕のうまく言えなさを感じ取って、皆さんがうんうんと許してくれることを期待します。ははは。
ではでは、またお会いできるのを楽しみにしています。

言葉に尽くせない感謝や思いを込めて

中畑良丞

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